2017年10月18日

日本イメージ情報業連合会 全国大会

 先日、標記の大会に参加してきました。

 大会テーマは「ネットワークでつながるアーカイブズ」で、私たち同業者が得意とするアーカイブ技術を存分に発揮し、官民のビジネスニーズに応えるための情報交換や勉強会を実施しました。

 その一環として、基調講演は「国立公文書館の現状と今後の課題」をテーマに、国立公文書館の加藤館長にお話いただきました。
 欧米をはじめ一部のアジア諸国にも見劣りするアーキビスト不足の現状を中心に我が国の公文書管理の課題を挙げ、同時にその解決の方向性について示唆に富む話を多く聞くことができました。

 ところで、来年は明治150年にあたるとのこと。
 この機会に、我が国の歩みについて理解を深めるための諸施策が実施されるかもしれません。

 もちろん、国の歴史が重要なのはいうまでもありませんが、もっと身近な「我がまち」「我が社」「我が校」の歴史や歩みについても、もっとクローズアップされるようになるといいですね。

2017年10月10日

和暦と西暦

 先日、本を読んでいてちょっと驚いたことがありました。

 平成29年10月11日と2017年10月11日は、同じ日です。
 だから、元禄15年12月14日は、1702年12月14日と思い込んでいたのですが、これが間違い。
 今日、和暦と西暦の月日が一致するのは、明治5年12月に明治政府が太陽暦を採用したから。
 ということは、それ以前の月日は、和暦と西暦で異なるということです。

 例えば、赤穂浪士の吉良邸討ち入りは、元禄15年12月14日深夜から15日未明にかけて。これを西暦に直すと1703年1月30日深夜から31日未明にかけてということになるそうです。
 もちろん、赤穂浪士はじめ当時の人々が西暦を意識していたとは思えません。当然、当時の人々は、年末の討ち入りと理解していたでしょう。

 ちょっと、ややこしいです。こんなびっくりを教えてくれたのが高島俊男著「お言葉ですが... 2 「週刊文春」の怪」(文藝春秋 文春文庫2001.1.10)。
 それとも、そんなことは常識で、かかなくてもいい恥をかいてしまったのかしら・・・・。

2017年10月3日

衣替えの季節です。

 10月1日といえば衣替え。とはいっても、朝夕は涼しくても昼間は暑かったりと、なかなか切替えのタイミングが難しかったりします。

 そもそも夏の衣類と冬の衣類を入れ替える「衣替え」は中国で始まったようです。
 平安時代には衣類を多く持つ貴族が、江戸時代には四季に応じて4回もあったそうです。
 明治時代に入り、政府が役人や警察等の制服を定めた時に衣替えの時期も制定したらしく、学生服にも取り入れられて現在に至るとの事。

 風習は風習として、なにより気温を気にしつつ、体調に合わせて着るものを決めるのがよさそうです。